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町を彩る歴史テーマ その1 奥州藤原氏

一戦場・根無藤
(いっせんば・ねなしふじ)

攻防七度!攻め寄せる鎌倉軍を迎え撃った地

 文治の役では、藤原氏は厚保樫山防塁(あつかしやまぼうるい)の後方において幾重もの防衛線を築きました。奥羽山脈南端部における、陸奥・出羽を結ぶ重要な道だった羽前街道沿線も、永野から四方坂に至る丘陵上に防衛線が築かれました。

 藤原氏の当主泰衡(やすひら)は、この地の根無藤近辺に城郭を築き、配下の金十郎(きんのじゅうろう?)・勾当八(まがのとうはち?)・赤田次郎(あかたのじろう)らを大将軍として鎌倉軍を迎え撃ちました。戦は熾烈を極め、根無藤と四方坂との間で攻防七度に及ぶ大激戦が繰り広げられるも、鎌倉軍の武将 三沢安藤四郎(みさわのあんどうしろう)の兵略が功を奏して藤原軍は敗退、金十郎は討死、勾当八・赤田次郎以下30人が捕虜となって終結しました。後世、この激戦のあった地は「一戦場」と呼ばれるようになりました。

 なお、一戦場には「首塚」と呼ばれる塚があり、「根無藤」とともに奥州前九年の役にまつわる伝説が残されています。

一戦場。激戦が行われたこの地も、今はのどかな田園となっている 藤原氏が城郭を構えた根無藤(奥の丘)
一戦場の首塚。奥州前九年の役伝説も伝わる 四方坂。今は展望櫓が設けられている


所在地 蔵王町大字円田字一戦場・字根無藤
所有者 個人所有
公開日 いつでも
料 金 無料
アクセス ございんホールから自動車で5分
駐車場 あり(根無藤付近のパーキングエリアをご利用下さい。)
現地までの案内表示 なし
現地での説明表示物 なし
見学のための手続き 特にありません。ご自由にご見学下さい。
※個人所有地につき、立ち入ることなく路上からご見学下さい。
見学地の整備状態 一戦場:良好  根無藤:未整備(山林)

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