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た か  の  け   も ん じ ょ
白鳥古碑群 町指定文化財(古文書)

高野家文書

 慶長7(1602)年に刈田郡平沢村を拝領した高野家は、平沢要害を居館としながら館下町(たてしたまち)の形成や神社仏閣の保護・整備などに力を尽くし、江戸期250年余に及ぶ領内の治世を司りました。

 また、高野家は仙台藩政に参画する要臣としてあり続けました。とくに十八代武兼(たけかね)は藩主綱村(つなむら)の信頼も厚く、領内の安定に尽くし、社寺の整備に努めるなど、善政を敷きました。その子の十九代倫兼(ともかね)も、父武兼の善政を引き継ぐとともに、若老(じゃくろう)として藩政をあずかった名君でした。

 高野家文書は、元禄9(1696)年~天明2(1782)年、及び天保期の記録(天保期以外は写本)です。高野家の家臣で留守居役を勤めたと伝えられる吾妻家(もと我妻家)に伝えられていたもので、現在は平沢地区の個人宅などに大切に保管されています。

 内容は、大きく分けると武兼の「慈雲君事跡録」、倫兼の現役時代の「筆記」と隠居後の「退隠記」および天保期の「筆記」の四部で構成されています。記録の始まる元禄9年は武兼が平沢家の十八代当主となった年であり、十九代倫兼は天明2年正月に82歳で没しているので、この86年間の日記は十八代武兼、十九代倫兼の記録です。

 全冊数の8割近くに及ぶ倫兼の日記には、亀岡の仙台屋敷、江戸詰や在郷平沢での生活が天候をも含めて事細かに記されています。高野家文書は当時の仙台藩の藩政に深く関わった地方領主の記録であり、当時の仙台藩や平沢の様子を伝える貴重な史料です。

DATA
所有者 個人
所在地 蔵王町大字平沢
指定年月日 平成22年3月1日
見学メモ
個人の所有ですので、通常は公開されていません。
高野家文書については、目次が「蔵王町史 通史編 別冊・高野家記録目次」に、内容の一部が「蔵王町史 特別編II」の中に活字化されて収録されています。
 ・地図は、高野家の居城であった平沢要害跡の位置を示しています。

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