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平安時代のムラの跡を発見−前戸内遺跡

 前戸内遺跡は、小村崎地区の熊野神社の東側に広がる丘の上にあります。現在は一面が水田となっているので昔の地形が見えませんが、発掘調査をしてみると昔は小さな沢地のような地形が入り組んだ場所だったことが分かります。

 発掘調査は、農地を使いやすく造り替える「県営ほ場整備事業」の工事に先立って行われているものです。丘の上からは、平安時代の竪穴住居跡がいくつもまとまって見つかり、当時のムラがあったことが分かりました。

 竪穴住居跡は10軒が見つかっています(このうち3軒で平安時代の土器が出土しています)。3.5m〜6.0m四方の大きさのものがほとんどですが、中には一辺8.0mの大型のものもあります。現在調査中ですが、竪穴住居跡の中からは当時の人びとが煮炊きをしたカマドの跡や、土器などが出土しています。

家の跡などが見つかった様子
現在の田んぼや畑の土を取り除いていくと、周囲の土より黒く色の違う部分が模様のように見えてきます。
このあたりの自然の地層はオレンジ色をしているので、黒く見える部分は昔の人が一度掘り起こしたところだということが分かります。
左の写真で四角く見えるところが竪穴住居の跡で、細長く伸びているのが溝の跡です。右下の竪穴住居跡で赤く見えているところはカマドの跡です。
竪穴住居跡。上のほうに白く見えている部分がカマドの跡で、そこから煙を出すトンネルの跡が伸びています。 竪穴住居跡を調査している様子。土の違いに注意しながら、注意深く掘り下げています。
竪穴住居跡から鉄製品が出土した様子。壁際の床に置かれていました。 出土した鉄製品。木製の柄は残っていませんが、鎌の刃先のようです。
大型の竪穴住居跡(南から撮影)。東西7.6m、南北8.0mあります。当時の床は残っていませんが、屋根を支えた4つの柱穴が見えます。 江戸時代頃と思われる井戸の跡を調査している様子。現在でも水が湧き出しているため、ポンプで汲み上げながら調査をしています。
平成21年6月5日更新
 
 

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